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僕はあの人のようになりたかった。

あの人は、いつも助けて欲しい時に助けてくれた。

颯爽と現れ、鮮やかに物事を解決してゆく。

僕はあの人のおかげで救われた。

暗く、憂鬱な時を過ごさずにすんだ。

だから、あの人は僕の憧れだった。

一歩でもあの人に近付きたかった。

それがようやく叶えられると思った……。

「ようこそ勇者よ。」

光の奔流を抜けて辿り着いたのは、白に囲まれた部屋。

目の前には初老の男とメイド姿の女がいる。

僕は何が起こっているのかわからずにまごついていると、男がゆっくりと説明を始めた。

異世界。

召喚。

勇者。

魔王。

チャンスだと思った。

これは自分を変えることが出来るチャンスだと。

あの人のように、あらゆるものに手を差しのべることが出来るようになりたい。

いつも小さくなって怯えていた。

いつも理不尽に背を向けていた。

僕はそれに立ち向かってゆくことにする。

同じような苦しみを抱える人達を助けたい。

あの人が言っていたように、平和が一番なのだから。

僕は勇者として力を尽くすことに決めた。

白い部屋を後にし、最初に降りたったのは深い森の中。

都会では嗅ぐことの出来ない木々の香りがした。

そして、そこで早速僕は危機に陥ったのだった。

5匹のゴブリンに囲まれていたのだ。

白い部屋の男の話から1、2匹なら問題無かったのだろう。

しかし、5匹はさすがに分が悪かった。

「ひぃっ!?」

思わず悲鳴を上げながら白い部屋で購入した剣を抜く。

ただがむしゃらに振るうが当たらない。

怖じけづいているのがゴブリンにも分かるのだろう、ニタニタと嘲笑うだけで一向に何もしてこなかった。

僕は恐怖に支配されたまま、逃げまどうことしか出来なかった。

……あぁ、結局どこの世界にいても同じなんだ。

変わらない、変えられない。

きっと僕は何も出来ずに、ここで死んでしまうんだ……。

体の力が抜けて、ガクリと地面に膝をつく。

絶望感の中で死を覚悟した……その時、 僕の運命を変える人が現れたのだった。

黒いシャツに黒いジーンズで黒づくめ。

顔は少し中性的な顔立ちで、どこか儚げな印象の男だった。

その人は何も持っていない手をゴブリン達に向けて振るった。

瞬時にゴブリン達の首と胴体が分断される。

圧倒的だった。

その一瞬の出来事に呆然としていると、その人は微笑みを浮かべて僕に手を差しのべた。

「大丈夫かぃ?」

「は、はい。」

戸惑いながらその手を取って立ち上がる。

「君は勇者だろう?」

笑みを浮かべたまま問掛けられた。

僕はその人の人当たりの よさそうな態度に安心してしまっていた。

その時は本当に微かな違和感で気にもとめていなかったのだ。

でも、例えここで気が付いたとしても、もう僕の運命は変えられなかったかもしれない。

「……もしかして貴方も?」

その人は首を縦に振ると、

「ようこそ幻想の庭へ……。」

そう言って僕を歓迎してくれた……。



その人に案内されて辿り着いたのはどこかの洞窟の中。

マジックアイテムを使って一気にこの場所へ来たので詳しい場所は分からない。

まさしく秘密基地といった感じだ。

僕は自分の力の無さ、この世界についての知識の不足からその人に力を借りることにした。

仲間になろうという誘いがあったけど、色々と話を聞いてから決めることに。

そうして、アジトへ案内されたというわけだ。

洞窟の奥へと進んでいく。

なぜか湿気も無く、温度も快適な空間だった。

きっと、これも魔法の力なんだろう。

そのままその人の後を追っていくと広い空間に出た。

光の玉が空中に浮かび部屋を照らしている。

そこには数人の人間が各々にくつろいでいた。

普通に絨毯が敷かれ、ソファーやテーブルが置かれている。

光の玉の照明がシックな雰囲気を醸し出していた。

「クスッ、その子が新しい勇者?」

妖艶な笑みを浮かべる女の人がいた。

薄い布を纏った露出の高い服装。

下から上へと舐めるように見られる。

品定めされているようだった。

「なんだ、冴えない野郎だなぁ!」

金髪をツンツンに立てた荒々しい印象の男の人がいた。

一言だけ感想を言うと興味を無くしたらしく、テーブルの上のステーキにかぶりつく。

血の滴る肉を頬張りながら、ワイルドに喰い散らかしてゆく。

まるで野生の動物のようだった。

はっきりいって僕としては近付きたくない人種である。

「・・・。」

さらに、ちらりとだけ見てすぐに目を逸らした人間がいた。

不潔な感じに髪を伸ばした猫背の男。

なぜかその男の目の前にはノートパソコンが置いてあった。

その画面を覗きこみながらブツブツと呟いている。

金髪の男とは違った意味で近付きたくないと思った。

「なんじゃ?もう次が来たのかのぉ?」

奥にまだ部屋があったようだ。

そこからゆっくりとした動作で現れたのは少し腰の曲がった老人。

とは言ってもギラギラしたその目つきと雰囲気が外見とはかけ離れている印象だ。

「使い物になればいいがの・・・。」

そんな一言を残して僕が通ってきた道を去っていった。

僕はどうすればいいのかまごまごしていると、

その人が何か得たいの知れないものを含んだ笑みを浮かべて口を開いた。

「さて、君はどっちの人間なのかな?」

言っている意味がわからない。

僕はきょとんとした表情をしていたことだろう。

「単純明快なことさ。君は力を手にした。その力を持って正義を為すか、悪を為すか。」

その人が行使した力を見ても分かるように、やはり強大な力を手にしたということ。

この質問はその力を持つ上での意志を確認するということなのだろうか?

だったら僕の答えは決まっている。

「僕は正義のためにこの力を使います!・・・まだ上手くは使えないけど。

世界中の人を助けるとか大それたことを言うつもりはない。

目の前で助けを求める人を助けられるぐらいにはなりたい!」

本当はそれだって難しいんだ。

だけど、力を得たのだからそれぐらいは望んでもいいはずだ。

「・・・そうか。」

その人は小さい声でそう言った。

僕の解答は満足のいく答えだったのだろうか?

そう思いながらその人の顔を見ると、さっきの笑みのままだった。

それは貼ってあるかのような笑み。

まるで、仮面のような・・・。

「ははっ!ここに偽善者がいますよってか!」

金髪の男は今にも転げまわって笑い出すかのようだった。

「フフッ、可愛いことを言うわね。」

服装とは似合わない無邪気な笑みを浮かべる女。

猫背の男はそもそも話を聞いてはいない。

僕は訳が分からなくなった。

少なくとも理解出来たのは、間違った解答をしたということ。

「案外に前向きだったようだな。残念だよ。」

その言葉を最後に、その人は僕から一切の興味を無くした。

偽りの笑みを消し何も読み取ることの出来ない無表情になる。

そして背を向けて奥の部屋へと去ってゆく。

「ど、どうゆうことなんですか!?」

その背中に問いかけるも、何も返ってはこない。

僕の言葉は闇の中へとかき消される。

「貴方、もっと欲望を知るべきよ?」

「なっ!?」

首に絡み付く腕。

背中に軟らかいふくらみが当たる。

いつのまにか女が僕の後ろに立っていたのだ。

「欲望を知らないからあんなことが言えるのよ。」

耳に息が吹きかけられた。

女から甘い匂いが漂ってくる。

頭がクラクラする。

脳が痺れる感じ。

「そうだそうだ。もっと自分に正直に生きた方が楽しいぜ?」

金髪の男の声がなぜか遠くの方から聞こえる。

・・・あぁ、確かにそんな気がする。

「快楽が全てよ。人に何か出来るというのは満たされているから出来ることなの。」

満たされている。

ということは余裕があるということ。

自分は充分だから、他人にちょっかいかけてみようかということなのか?

僕がやろうとしたこと、あの人がやったこと。

そういえば、あの人は満たされていた・・・。

「もっと快楽を知って理解しなさい。・・・この世の意味を。」

頭がぼんやりとして考えることが出来ない。

体の力が抜ける。

女に抱えられてどこかに連れられてゆく。

「なんだよ、お楽しみか?俺も相手してくれよー。」

「クスッ、また今度ね。」

「あてにならねぇ返事だなぁー!」

そして、僕はそのまま快楽に身を委ねることになる。

僕はどうしようもないところまで堕ちた。

自分で考えることを放棄してしまう。

だってその方が楽だったから。

時折、夢から覚めるように意識を取り戻すことがあったけど、今はもう無い。

ただ快楽を貪り、言われるがままに動く。

生きているのか死んでいるのかも分からないまま・・・。

奪い、犯し、殺す。

快楽を得るためだけに力を増す。

その人は嘲笑っていた。

もう戻れないし、戻る気もない。

・・・あぁ、あの人は今頃何をしているのだろうか?

あの偽善者を、この手で、殺してしまいたい・・・。

あとがきっぽいもの
作者「そろそろ騎理の物語もクライマックスかな。」
美綺「じゃあ、ペースアップで♪」
作者「善処します(笑)」
                おわり



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