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騎理が酔いつぶれた真矢を背負い、真悟が用事があるといってどこかへ行った頃、仁は夜の街を歩いていた。

「さてと、どうするかねぇ……。」

煙草に火をつける。

肺に染み渡らせた紫煙を吐きだして一服する。

(そういやストックが無ぇな。何か代わりのもんでも探すか?)

そう思いながらも2本目を吸う。

無くなったら、無くなった時に考えればいいという結論である。

仁は表の道を外れて、ならず者が通う裏の道へと入っていく。

「どこの世界でも雰囲気は同じだな……。」

慣れた空気。

罵声と酒と女。

この場所こそが仁の本来あるべき世界だった。

思わず笑ってしまう仁。

「ここは心地良すぎるぜ。」

天を仰いで笑みをごまかすことにした。と、

その時すぐ横の路地から少年が駆けぬけた。

ぶつかりそうになったが、仁は軽く避ける。

(なんだぁ?)

そちらを見ると、足がもつれたのかバランスを崩す姿が見えた。

「うわぁっ!?」

案の定、少年は地面に転がる。

ゴミの中に突っ込ま無かったのが幸いであった。

「追い詰めたぜぇ!」

同じ路地から現れたのはいかつい男。

見るからに悪人のならず者。

(わかりやすい図式だが、さて……。)

仁はことの成り行きを見守ることにした。

単なるヒマ潰しでもあるが。

「おらおら!さっさと寄越しやがれガキ!」

悪人面が地面に転がる少年に凄む。

少年は負けじと睨み返した。

「これは僕の稼ぎだ!お前なんかにやるもんか!」

目を反らさず、自分より大きい男にも関わらずとも少年は言い切った。

(なかなか言うじゃないか。)

それが虚勢であれなんであれ、そうそう言えることじゃないのは確かである。

その度胸に仁は内心、拍手を送っていると、

「チッ、こっちが優しく言ってやりゃあつけあがりやがって!痛い目に合わなきゃあ、わからねぇらしいな!」

悪人面が凶悪な笑みを浮かべる。

指を鳴らして少年へと近付いた。

(ああいうのはどこの世界でもやることが一緒だな……。)

半ば呆れながら苦笑する仁。

男が拳を握る。

さすがに少年も怯えた表情に変わった。

仁は煙草の煙を吐く。

少年が助けを求めるように仁を見た。

(やれやれ、なんとなくこうなる気はしたがな。)

野次馬は多少いるにせよ、少年達に一番近い場所にいるのは仁だった。

巻き込まれるのは必至である。

「あん?」

仁の存在に今頃気付いたのか、悪人面が振り向く。

(鈍いやつ…。)

寝惚けた頭を覚まさしてやろうと思い、何気ない動作から一気に踏み込む。

悪人面が反応出来ない間に、煙草の先を無駄に太い首に押しつけてやった。

ジュッ、と肌を焼く音がした。

「うわっちぃっ!?」

飛び退く悪人面。

なかなか滑稽な動きで、野次馬や少年が思わず吹き出す。

「おい、ガキ。」

仁は少年の首根っこを掴んで立たせる。

「カイだ!」

少年は首根っこを掴まれながらも生意気な態度を貫く。

「カイ、いくらで助けて欲しい?」

仁は悪人面を前に構える。

その構えは独特なものであるが、一切の隙が無い。

仁は一通りの格闘技を習得しており、今まで状況に合わせて使い分けてきたのだが、そのどれとも違う構えを無意識に行なっていた。

(どの格闘技にでも移行出来る、自然な構えといったところか、これがクラスの力……)

充実する力に顔から笑みが溢れる。

得た力を試してみたいと思うことは人にとって自然なことである。

「お金とるのかよ!」

カイが不満そうな声をあげる。

「まぁ、なんだ、飯でもおごれ。」

実際、仁は報酬のことがどうでもよくなっていた。

仁はただこの力を試したいだけであった。

(殺さないようにしないとな……。)

仁はいつもの冷静さで沸き上がる高揚感を抑えた。

「なめやがってぇ!」

型も何もない、仁には止まってみえるような拳を放つ悪人面。

(なめてんのは、てめえだ。)

その腕を取り、そのまま捻る。

手加減無しに捻った腕は明後日の方向に捻れて、悪人面は声にならない悲鳴をあげる。

流れるような動作で、膝を蹴り砕く。

崩れ落ちる悪人面の顎に的確に掌底を叩きこみ、脳を激しく揺らした。

「ぐぅ、かッはっ!」

戦意喪失した目の男にさらに追い撃ちをかけるべく肘を振り下ろそうとして、

(おっと、これ以上はやりすぎか……。)

仁は男の顔面ギリギリの所で振り下ろすのを止めた。

「ずびばぜんでした!ごべんなさい!」

大男が鼻水と涙を流しながら手をついて仁に謝る。

仁はそれを軽く一瞥すると、カイのほうを見た。

「すげぇ……。」

憧れのヒーローを見たかのような表情で仁を見ていた。

(体がいつも以上に動くな。やっぱり、習得してきたものが噛み合ったような感じだ。)

仁はカイのキラキラした瞳を見ないようにして、そう考えた。

ついでに、ここから立ち去ろうと思った。

(面倒なことになりそうだからな……。)

おもむろに煙草に火をつける。

野次馬達のほうに煙を吐くと、野次馬達は嫌そうに遠ざかった。

歓楽街にでも行こうかと思って歩いていると、後ろをついてくる音がする。

「何の用だ、カイ?」

仁は振り向きもせずに問掛ける。

カイは走って仁の前に回りこむ。

「飯、おごれって言ったろ。」

カイがニカッと笑う。

仁は苦笑して自分が言ったことを思い出す。

「酒と女を楽しめる場所だ。」

煙草の灰を落としながら言った。

「それならいい場所があるよ!」

カイは仁を促す。

(まぁ、いいか……)

不慣れな街であるから慣れたものにまかせてみようという判断をした仁。

「ねぇ、名前はなんて言うのさ?」

不意に振り向いたカイが尋ねる。

(そういや、言ってねぇな……。カイは一方的に言ってきただけだし。)

煙草の煙を吐く。

「仁だ。」

仁は短く答えた。

カイは満足そうに頷くと、

「もうすぐだよ、ジンさん。」

と言って軽やかに路地を抜けて目的地を目指した。



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