TOP
戻る





「フッ!」

鋭く息を吐いて臆することなく、ミツルとの間合いを詰めようと踏み込むエイラ。

ミツルは軽い足取りで間合いを保ちながら、下段から上段に槍を振るう。

槍を避けながらもミツルの左側面へと滑りこむエイラは、流れる動作で拳を放った。

「……。」

軽々とバックステップでそれを避けたミツルは、素早く真横に槍を払う。

しかし、エイラはその攻撃を予想していたかのように地を這うほど低くした姿勢で回避。

その低い姿勢のまま、ミツルの足を取るべく腰へ喰らいつこうと突進した。

「……。」

ミツルは瞬時に狙いを理解し、手首の力で槍を動かして穂先の近くを握った。

そして、短剣を扱うのごとく接近するエイラに突きを放つ。

「くっ!?」

突きが届く前に地面へ身を投げ出し、転がってそれを避けた。

転がった勢いで立ち上がって身構える。

ミツルは槍を構えなおし、エイラを正面に見据えた。

(体術に関しては互角といったところでしょうか。

しかし、勇者の武具のことを考えると、とても油断出来ませんね……。)

お互いに隙を窺いながらも見付けることが出来ず、容易に動くことが出来ないでいた。

「……ですが、私一人で戦っているわけではありません。」

不敵に微笑むエイラ。

先程の攻防でエイラとミツルのポジションは入れ替わっている。

しかし、騎士達のポジションは変わっていない。

要は、現在ミツルを挟む形になっているということだ。

「……。」

その状態を苦とも思っていない無表情のミツルは、ただ淡々と隙無く構えるのみである。

「追い込みますよ。」

ミツルから目を離さずに指示を飛ばす。

騎士達は頷き、ジワジワと距離を詰める。

「『捕縛』!」

魔術師が動きを止めるべく魔術を放った。

魔力の縄がミツルの足に絡みつこうと展開する。

絡む前に跳躍することで避けるミツルに、跳躍することを予測していた神官は、

「『気斬』!」

不可視の衝撃波を起こす奇跡を放った。

ここでミツルはさらに空中を蹴ることで、さらなる高みに跳躍することにより『気斬』をやりすごした。

二人の騎士はとっさに腰から短剣を抜き、ミツルに向かって投擲する。

それぞれが別の場所、頭と胴体を狙って放った。

しかし、槍を風車のように高速回転させることであっさりとはじかれてしまう。

騎士達の連携攻撃はいとも容易く防がれたのだった。

「ハッ!」

それを読んでいたエイラは軽い助走をつけて跳んでいた。

落下し始めるミツルに向かってゆくエイラ。

まだエイラの方に背を向けたままのところへ勢いの乗った回し蹴りを放つ。

「……っ!?」

辛うじて槍の柄で回し蹴りを受け止めるが、その威力を相殺することが出来ずに体勢を崩した。

「次っ!」

蹴りの連撃。

ミツルの無表情だった顔に束の間ではあるが焦りのような色が映った。

強烈な蹴りを受け止めて、たわむ槍。

その時、エイラは直感的に動いた。

たわむ槍を踏み台にして、ミツルの頭上へと跳躍したのだ。

そのまま前回りに回転してミツルの背後へ。

そしてミツルの肩に手を伸ばし、ついに捕えた。

槍の反対側で背後に突きを放ちエイラを振り払おうとするミツルだが、体勢が悪く一向に命中しない。

いまいち勢いの乗らない突きが放たれた時、それを紙一重で避けると同時に槍を持ったその腕を捻りあげた。

「……くっ!?」

無表情だったミツルが思わず上げた苦悶の悲鳴。

すかさず、片方の腕へと手を伸ばすエイラ。

一瞬の攻防があったものの、超接近戦ではエイラの方が数段勝っていたため、ミツルは両腕を極められることとなった。

「このままだと地面に叩きつけることになりますが?」

落下は続いている。もう間もなく地面だ。

「……。」

だが、ミツルは無言のままだった。

エイラはこのまま地面に叩きつけることを決意した、しかし、ここでミツルは、

「……痛覚遮断。」

そんなことを呟いた。

そして、極められた腕を動かそうとする。

エイラはさらに力をかけて動きを妨げようとする。

そこで、ミツルは自ら腕を捻った。

限界を超えて捻られた腕が鈍い音をたてて折れる。

「なっ!?」

予想外の行動に一瞬だけ力が弛む。

その一瞬の隙と、折ることによって出来た隙間を使ってエイラの腕から脱出するミツル。

軽やかに地面に着地すると、大きく跳んでエイラ達から距離を開けた。

「腕一本を犠牲にして脱け出すとは……。」

続いて着地したエイラは深く息を吐いて体勢を整える。

(……五人がかりでやっと腕一本ですか。高いか安いか、微妙なところですね……。)

再び位置関係は最初に対峙した時の状態へ。

ミツルは槍を持たない左腕が捻れ折れた状態でも、涼しい顔でエイラ達を見ていた。

そして、おもむろに口を動かした。

「……『癒し』の奇跡発動。」

紡いだ奇跡がミツルの折れた腕を癒した。

あっという間に折れる前の状態へ。

「やはり『勇者』は万能ですね……。」

思わず苦笑いを浮かべるエイラ。

それもそのはず、さっきの攻防を無かったことにされてしまったのだ。笑うしかない。

「……。」

ミツルが槍を構える姿は、まさしく巻き戻しの光景だった。

しかし、エイラ達には選択肢などなく、ミツルを倒すまで戦うしかない。

静寂。

遠くから騎士団と反乱軍が激しく戦う音が聞こえた。

息をするのも慎重になる緊張の中、不意にミツルは構えを解いた。

「……?」

不可解な行動、ゆえに油断無くミツルの動向を探る。

「……もう終わらせよう。」

淡々と厳かにそんなことを口にしたミツル。

同時にその手の槍、ゲイボルグの存在感が強まる。

肌にざらつく殺気がまとわりつく。

「防御を固めて!」

何がくるのかわからない、しかし圧倒的な威圧感が心をざわつかせた。

「……降り注げ、ゲイボルグ。」

腰を落として力を貯めると、後方へ大きく跳躍した。

難無く着地すると、助走をつけてエイラ達に向かって高く速く跳躍した。

そして、筋肉を躍動させて槍を振りかぶる。

「……ハァッ!!!」

弓のようにしならせた体から、限界まで引きしぼられたゲイボルグが放たれた。

空気を貫き、突風よりも激しくエイラ達へ向かって直進する。

「散開!?いや、これは!?」

単なる槍の投擲ならばばらけて避ければ造作も無いこと。

しかし、直進するゲイボルグに変化が起こったのだ。

ブツリ、ブツリと千切れてゆくゲイボルグ。

そして、それぞれが鏃の姿となった。

30の鏃が降り注ぐ。

一つ一つの威力が、槍の状態の時に渾身の力で放った一撃と同等。

当たり所が悪ければ死に繋がる攻撃。

それが、到底避けることの出来ない範囲にばらまかれたのだ。

「くっ!?」

エイラは拳を固めて地を蹴った。

そして、迫りくる鏃を叩き落としにかかる。

(騎士達では防ぎきれない。騎士達に辿り着く前にどれだけ潰せるか!?)

気を練り上げて拳を硬くする。

自己暗示と合わせて、鉄の如く硬さでもって鏃を砕き、払い、反らす。

さらに蹴りを放ち撃墜。

それでも、半分も落とすことが出来ない。

「こうなったら!」

一つの鏃を蹴りつけ、鏃と蹴りの威力で打ち漏らした鏃達の前へ。

眼前に迫る鏃。

騎士達の盾となるべく手足を伸ばした。

「ここで使うことになるとは……。」

鏃をその身に受ける直前、そうエイラは呟いた。

地上では二人の騎士は盾を構え、魔術師と神官を守るために防御の姿勢をしていた。

エイラが防ぎきれなかったいくつかの鏃が降り注ぐ。

「うあぁぁぁっ!?」

「ぐうぅぅぅっ!?」

今まで受けたことの無い重い攻撃をもらい、苦悶の声を上げる騎士達。

盾を貫き、鎧を破り皮膚を引き裂く。

筋肉を千切り、骨を砕いた。

騎士達の悲鳴がこだまする。

外れた鏃が地面をえぐり、砂煙がもうもうと立ちのぼった。

「……。」

攻撃を放った後、ミツルは無表情でその光景を眺めていた。

砂煙が収まった後には無傷のエイラと、重傷の騎士一人、軽傷の騎士一人、無傷の魔術師と神官がいた。

鏃に貫かれた数箇所から血を流した騎士。

神官はすぐに『癒し』の奇跡を紡ぐ。

もう一人の騎士も軽傷ではあるが、盾は意味を無くし、鎧は穴が空いていた。

運良く薄皮一枚のところで鏃は止まったのだ。

かすり傷が多いがまだ十分に動けた。

そして、エイラは騎士達のような鎧も無く、その身にいくつも鏃を受けておきながら無傷であった。

「……勇者の武具を持っているな。」

ミツルの表情に微かな苛立ちが浮かんだ。

「……まぁ、そういうことです。」

切り札として用意したものだった。

『イージスの盾』。

トライハートから借りた勇者の盾である。

その能力は、勇者の剣の力を無効化する。

これを使って攻撃を無効化し、それによって出来た隙を狙ってトドメを刺そうと考えていたエイラ。

(しかし、味方を守ることを優先してしまった。

本来なら見捨ててでもこの力を隠しておくべきだったのに。やっぱり騎理に影響されてますね……。)

やれやれといった風に肩をすくめる。

でも、悪い気はしなかった。

「命に別状はありません!」

神官からの報告に頷いて答えるエイラ。

軽傷の方の騎士は剣を構え、魔術師もいつでも魔術を使えるように構えた。

(連発されれば防ぎきれないでしょうね。撃つ体勢を取られないように戦うしか……。)

エイラが距離を詰めるべく駆け出そうとしながら思考をしていたその時、

「……時間だ。」

ミツルはあっさりと戦闘体勢を解いて、懐から符を取り出した。

躊躇無くそれを破り捨てて発動した魔力に身を委ねる。

「……。」

何も無い空虚な瞳でエイラ達を見ると、どこかへ『転移』した。

唐突に迎えた戦闘の終了。

お互いに死者も出しておらず、引き分けのような終わり方。

しかし、結局のところミツル達の狙いが分からずじまいだった。

「ですが、生き残れたことを感謝すべきかもしれませんね……。」

大きく息を吐いて緊張した体から力を抜くエイラ。

騎士達は疲労と怪我から座りこんでしまった。

だが、まだやることが残っている。

残された反乱軍の始末だ。

魔術師は騎士団と連絡を取り、現在の状況を尋ねた。

『治療』の奇跡を用いて駆逐を開始しているものの、それを使える神官が少ない。

上手く効果を発揮出来ない場合もあるのでスムーズにはいっていない。

結局、騎士達の奮戦と魔術師による遠距離からの攻撃で排除するしかなかった。

騎士達を残しエイラもその戦いに合流した。

だが、全てのリビングデッドを始末するのにかなりの時間を要してしまった。

そう、カンム達の目的であった、「時間稼ぎ」は成功したのである。

ハサン村の人間は全滅し、ルファの騎士団も犠牲を出した。

とても後味の悪い戦いであった。

そして、事が終わった直後にルファから連絡が入る。

ルファが襲撃を受けていると。襲撃者が勇者であると……。





あとがきっぽいもの。
作者「再びルファに視点が移りまーす。」
美綺「ここからさらに盛り上がる感じ?」
作者「うむ。やっとここまできた、って感じですな。」
美綺「どんどん加速するべし!」
作者「出来るだけ加速したーい。」
おわり



お気軽に叩いてやってください、喜びます(笑)


TOP
戻る