TOP
戻る
「あっ、九条さん。」
巨人から少し離れた森の中で麻衣は九条を見つけた。
「おう。麻衣たん、怪我は無さそうだな。」
二人は次の作戦のために合流した。
九条が考えた次の作戦にコキュートスの力が必要だったから。
「巨大な氷の杭を作るんだ。巨人の足が見えたら生成して一気に突き刺す。そのまま地面に縫いつけて足止め完了ってわけさ。」
コキュートスの射程の関係上、巨人が通る進路上に待機。
万が一に備えて、麻衣の安全確保のために、九条はヘブンズドアーを抜いておいた。
「上手くいくでしょうか……。」
茂みに伏せながら不安そうな声を出す麻衣。
「気楽にいこうぜ。大丈夫、例え失敗して取り逃がしたとしても、生きてさえいれば再チャレンジ出来る。それに、『勇者』は俺達だけじゃない。いざとなったら他のやつらに任せよう。」
その言葉に、麻衣は光騎達を思い出した。
(……光騎さん達、今頃、何をしているんだろう。……会いたいなぁ。)
コキュートスを握り締める。
冷たい感触が返ってきたので、思わず握る力を弱めた。
ズンッ、ズンッ―
近付く足音が、麻衣の思考を中断させた。
「来たか……。」
九条は麻衣に目で合図を送る。
麻衣は頷いて、いつでも動けるように身構えた。
身を隠した茂みから、巨人の足が見える。
コキュートスの力を発動させようとしたその時、
「どりゃあぁぁぁ!」
と、どこかで聞いたような叫び声が上のほうから聞こえた。
『えっ?』
思わずハモった声を上げた二人は、声のほうを見た。
ダイルが高い木の上から巨人に向かって飛んでいた。
巨人の腕にナイフを突き刺し、ロッククライミングのごとく登ろうとしている。
二人がその光景を唖然として見ていると、巨人はもう一方の腕を伸ばしダイルを指でつまんだ。
「イタタタタッ!内蔵潰れてるって!」
血を吐きながら、ダイルは巨人の眼前へと運ばれる。
「あっ!あっ!ダ、ダイルさんが!?」
麻衣が何をどうしたらいいかわからず、ただ焦った声を出すだけ。
「麻衣たん!見ちゃダメだ!」
九条が麻衣の前に立ち塞がろうとした次の瞬間、ダイルは巨人に喰われた。
ガリッ、ゴリッ、バリッ、ベキャ、グシュ、ブチュ、グチャ……。
麻衣の『鷹の目』は、ダイルの体が砕かれていく様を、正確に捉えていた。
巨人の歯の隙間から溢れ唇を濡らす血。
滴る血を巨人は美味そうに舌で舐めとる。
「……っ!?」
その仕草がとてつもなく勘に障って、止まっていた麻衣の頭の中が真っ赤に染まった。
「うわあぁぁぁああぁぁぁぁあっー!!!」
九条の横をすり抜け、疾風の如く走り出す麻衣。
巨人の前へと立ち塞がり、グングニルを体が千切れそうになるほど引き絞り、放つ。
凄まじい速度で放たれたグングニルは、巨人の顔へ向けて大気を斬り裂いて飛ぶ。
『刀夜の盾』を貫き、巨人の目玉へと突き立った。
『ギャアァァァ!?』
巨人が産まれて初めて感じた確かな痛みに、叫び声をあげた。
「麻衣たん!一旦下がるんだ!、って寒いな、おい!」
九条が麻衣に近付こうとすると、体を突き刺すような冷気が辺りを漂っていた。
麻衣がコキュートスを構えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。」
ありったけの精神力がコキュートスに注がれる。
コキュートスから溢れ出る冷気が、麻衣がやろうとしていることの凄まじさを物語る。
巨人が残りの目玉で麻衣を睨みつけた。
そして、麻衣を狙って腕を振り上げる。
『ウオォォォォッ!』
振り下ろす拳。
麻衣は上段へとコキュートスを持ち上げ、その力を放つべく振り下ろした!
「氷柱槍!」
その名の通り、城さえ支えられそうな、柱のような太さを持つ、鋭き氷の槍が放たれた。
それは麻衣へと迫りくる巨人の拳を貫き、そのまま巨人の右胸を貫き空へと突き抜ける。穿たれた穴から真っ青な空が見えた。
『ガァァァァッ!?』
ドス黒い血が降り注いだ。
耳障りな悲鳴をあげる巨人。
(……ははっ、空は晴れてるのに、雨が降ってるみたい……。)
精神力を使い果たした麻衣は気を失った。
「麻衣たん!」
倒れかけた麻衣を九条が支える。
気を失っているだけなのを確認して、安心した九条は麻衣を背負った。
『アァァ!ガァァ!』
痛みに、ダダッ子のように腕を足を暴れさせる巨人。
地面はえぐれ、木々が倒される。
「なんつー、生命力だよ!まだ死なねぇのか!」
麻衣を片腕で支えながら、もう片方の手にヘブンズドアーを持つ。
そして、向かってくる、木、岩、ありとあらゆる麻衣に害を成すものを、空間を斬り裂いて受け流す。
(へっ、後で小屋の掃除が大変だな。)
次々と小屋に送りながら、巨人から離れようと走る。
しかし、巨人は九条達を見逃さなかった。
足を踏み出す巨人。
巨人の一歩は、九条達との距離をかなり縮めた。
「逃げきれないか!小屋へ撤退するか?」
そう考えて目の前の空間を斬ろうとした時、それは聞こえた。
ズドンッ!!!
その鼓膜を破りそうな音に振り向くと、巨人の腹に大きな穴が開いていた。
『ゴハァァッ!!?』
大きい口から黒煙を吐き出す。
辛うじて繋がっていた腹の肉がブチブチと音を立てて、巨人の自重に耐え切れずに前のめりに倒れ上半身が地に落ちた。
地響きが鳴る。
木々を押し倒し、地に横たわる巨人。
下半身は後ろのめりになって倒れた。
「ははっ!やってくれたかダイル!」
九条は砂埃を払いながら、巨人の体へと近付く。
巨人は時折、痙攣をするだけで動き出す気配は無かった。
九条は麻衣を背負ったまま、身軽に巨人の腹の部分へ辿り着く。
グズグズになった腹の肉がうごめき、中から這い出してくるものがあった。
「ぺっ、ぺっ!不味いな、こいつ。」
巨人の血にまみれたダイルが現れた。
「おまえ、特攻するなら前もって言っとけよな。麻衣たんがトラウマになったらどうすんだよ。」
「いやぁ、俺としてはもっとスマートに殺るつもりだったんだけどさー。」
巨人の腹を吹き飛ばしたのは、爆発石。
この前ダンジョンに潜った時に見つけたものだ。
本当は眼前に持ち上げられた時点で巨人の口に投げつけ、頭を吹き飛ばすつもりだったダイルだが、巨人に抓まれた時のダメージが思ったより大きくて失敗した。
しかも、ダイルごと爆発石を口に入れたくせに、爆発石を偶然にもかじることの無かった巨人。
爆発石はそれ自体にダメージを与えなければ爆発を起こさない。
だから、飲み込まれて巨人の胃液で溶かされたダメージが与えられるまで爆発を起こさなかったのだ。
そして腹が吹き飛んだ後、ダイルは復活の指輪の効果で蘇生した。
「タイミングが悪かったら、俺も爆発に巻き込まれてたかもな。」
ガハハハッと笑うダイル。
「それはシャレになんねーなぁ。」
穴だらけのダイルの作戦に身震いする九条。
とりあえず、巨人の息の根を止めるために刀を抜いた。
「麻衣たん、預かろうか?」
「ダメだ。今、お前、汚い。」
「むぅ。じゃあ、俺がトドメを刺すから、刀を貸してくれ。」
「ダメだ。今、お前、汚い。」
「むぅ……。」
すごすごと引き下がるダイル。
すごく残念そうだ。
九条は巨人のこめかみに刀を突き刺した。
かきまわすように動かしてトドメを刺す。
そして巨人は完全に動かなくなった。
刀を引き抜き、血を振り払う。
「……じゃ、帰るか。疲れた。」
刃こぼれしてボロボロになった刀を放り捨てて、麻衣を背負いなおす。
「あー、何回生き返っても慣れんなー。二日酔いみたいな感じがするぜ。」
ぐぐー、と伸びをしてあくびをするダイル。
今日は疲れたので早々に眠りたかった。
「……小屋に帰ったら掃除だ。てか、たぶん大掃除。」
げんなりした表情の九条。
「は?なんで?」
ダイルは喰われていたので事情を知らない。
事情を聞かされただけでぐったりした。
「寝てからでいいんじゃね?」
「麻衣たんが起きる前にやっちまおう。お前はそれをする義務がある!あんな美味しく喰われてる場面なんてトラウマものだろうが!罰だ、罰!てか、死んだと思われてんぞ、お前!」
一気にまくしたてる九条。
「しまった!そこまで考えてなかった!ごめんよ、麻衣たん!あわあわ、どうしよう!?俺、ちゃんと足あるから!」
テンパり気味のダイルは、頭をかかえたり、手足をダバダバさせたり忙しそうに焦る。
「……とりあえず、小屋に帰ろう。」
「……そうだな。」
九条のヘブンズドアーで帰路に着いた。
麻衣がベッドの上で目を開けた。
九条とダイルは寝顔を覗いていたので、勢いよく飛び退いた。
「ま、麻衣たん、大丈夫か?」
九条が声をかける。
麻衣はその問いかけには答えず、ダイルのほうを見ていた。
「ダ、ダイルさん、生きて、る?」
信じられないものを見たような麻衣の瞳。
「え?俺?死んでない、死んでない。気のせいじゃね?」
うさんくさい言い方で麻衣の言葉を否定。
九条はとりあえず、ダイルを叩き倒した。
ちなみに二人は麻衣が目を覚ますまでに、全力で小屋を掃除した。
証拠に小屋の外には、折れた木やら、岩やらがある。
「実はな、麻衣たん、俺達、こういうアイテムを持っててな……。」
九条は自分の指にはめられた復活の指輪を見せた。
能力の説明を始める九条。
指にはめた対象を、はめた時点での状態へと蘇生させる指輪。
副作用として、対象は何かを失う。
一度使用すると壊れて使用不可になる。
「俺はこれを使って5回生き返ったことがある。一杯手に入ったからな。だが、『勇者の武具』を5個失った。俺は今、レベル6だから、6個使えるはずなんだが、ヘブンズドアーしか使えないのは、そういう理由がある。」
「俺は存在力と、過去の記憶だな。レベルがなかなか上がらないのは復活の指輪が原因でもある。記憶のほうは大して困らないから問題なし。」
笑うダイル。
麻衣はそれが凄く悲しいことだと感じて、とても悲しくなった。
「もう一つ副作用があるんだが、復活の指輪を麻衣たんに使わせるつもりは無い。だから教えなーい。」
九条は笑った。
麻衣は九条が絶望的であればあるほど笑うことを知っていた。
沈黙。
「まぁ、あの巨人を倒したんだ。それを喜ぼうぜ。」
ダイルが豪快に笑う。九条もさっきとは違う笑みを溢した。
麻衣も笑った。
「それにしても……。」
麻衣が何か合点がいったかのように呟く。
「ん?」
「私、二人が同じ指輪をしてたから、てっきり、ただならぬ関係かと……。」
『違げーよ!!!』
麻衣の全力の勘違い。
魂からの否定の叫びが森にこだました……。
お気軽に叩いてやってください、喜びます(笑)
TOP
戻る