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「……見えるか?」
息を潜め、気配を殺しながら茂みに身を隠す九条とダイル。
「……あぁ、若干遠いがなんとか見える。」
ダイルの問いに九条が答えた。
身を隠したところから聞こえてくる川のせせらぎが耳に心地良い。
だが、二人は聴覚より視覚に全力を注いでいた。
「……冷たくて気持ちいい。」
なぜなら、麻衣が、川で、水浴びをしていたから!
「若干どころじゃねぇよ!全然見えねぇ!」
ダイルの鼻息は荒かった。
「しっ!静かにしろ!……まぁ、確かにシルエットしか確認出来んが……。」
二人は顔を見合わせて頷くと、迷いなく葡腹前進を始めた。
ジリジリと距離を詰めようとする様は、哀れを通りこして、尊敬に値するかもしれない。
「あははっ♪」
水を掬って、パシャパシャと音を立てて遊んでいる。
麻衣は下着だけを身に付けており、下着が水に濡れ、健康的な肌色が透けて見えた。
「おい!?下着取ったんじゃないか!?」
「無防備過ぎるぜ!麻衣たん!」
地面を這うスピードが上がった。
そこそこの盗賊並の動きで忍びよる男達。
しかし、麻衣のスペックをなめてはいけなかった。
「む?そこっ!」
近くの岩に置いてあった短剣を掴み、早業で抜き放つと茂みへと投げつけた。
「っ!?」
九条の額に短剣が突き刺さった。
九条はなんとか声を出すのをこらえたが、もはや虫の息である。
「……うわぁ、麻衣たん凄ぇな……。」
ダイルが横で青ざめていた。
「……ダイル、俺、もう死ぬかも……。」
そう言って九条は力尽きた。
とりあえず、ダイルは九条の額から短剣を抜いて血を拭き取り、適当な木に突き立てておいてから九条の遺体を担いで撤退した。
「……あれ?おかしいな、なんか殺気みたいなものを感じたんだけど……。」
着替えた麻衣が、茂みを覗きこむと短剣が木に刺さっているだけでだった。
拠点の小屋へと駆け足で帰るダイル。
担がれながら、復活の指輪の力で九条は蘇生した。
「ものすごい、無駄死にだな……。」
首をコキコキと鳴らしながら九条がボソッ、と呟いた。
とりあえず、ダイルは九条が生き返ったので放り捨てつつ頷く。
「もう覗きはやめとこうぜ……。」
二人は固く誓った。
麻衣が川から帰ると、二人は小屋の前で、
『煩悩退散!』
と叫びながら剣を合わせていた。
一心不乱に剣を打ち合い、何かを振り払おうとしていた。
麻衣は二人共頑張ってるなぁー、と思いながら声をかけた。
「休憩にしませんか?おやつ作りますよ。」
『食べるぅー!』
ときたま妙に子供っぽい二人だった。
家事を担うと、立場がちょっと違ってくるのかなぁ?、と思った麻衣。
(……恋愛対象外というか、母親的扱いというか……、はっ!?もしかして、光騎さんにもそんな風に思われていたり!?)
放っておくと数日で、カオス地帯へと化す光騎の家。
光騎の部屋は、まだマシなのだが、(美綺がよく訪ねてくるため)麻衣がちょくちょく片付けに行かないと大変なことになる。
そんな自分の世話焼きが、光騎の自分に対する感情を、望む関係に発展しないかもしれないという考えに至って、麻衣は軽くヘコんだ。
それでも、手は動いていて、コキュートスで生み出した氷を皿に盛って、作ったシロップをかけてかき氷を作った。
「……麻衣たん、落ち込んでないか?」
様子を見守っていたダイルが九条に耳打ちした。
「げっ、もしかして覗きがバレたのか!?」
「そんな馬鹿な!?アリバイ工作は完璧のはずだ!」
完全な勘違いであたふたする二人。
そこに麻衣がかき氷を運んできた。
「何を話してるんですか?」
軽やかに尋ねてくる麻衣に、二人は顔を見合わせて小声でやりとりをした。
とりあえず、ごまかす方向で会話開始。
「あー、なんだ、そうだ!そろそろ麻衣たんも強くなってきたことだしいい所に連れていこう、って話をしてたんだ。」
ダイルは九条に向かって、ナイスフォロー、と親指を立てた。
「何度も言いますが、麻衣たんはやめて下さい。それで、いい所、ってなんですか?」
そもそも覗きのことに気付いていない、さらに言えば、撃退したことにも気付いていない麻衣は九条の話に興味を示した。
二人はホッと一安心して、話し始めた。
「そこの話の前に、まずは存在力についてどれぐらい知ってる?」
尋ねられて、麻衣はガイドに教えてもらったことぐらいしか知らないと答えた。
「復習の意味も込めて一から説明しよう。」
かき氷を食べながら器用に話し始める。
食事のマナーとしてはダメダメだが。
「存在力とは、そのモノの存在感であり、魂と呼ばれたりすることもあるモノだ。どんなモノにも存在力はあって、小さな石コロだろうと、スプーン一杯のかき氷だろうと、等しく存在力は在る。」
九条はスプーンを掲げて麻衣に見せた。
パクッと口に入れると話しを続ける。
「まぁ、存在力の量は全然等しくないがな。そして、存在力を増す方法だが、それはいくつかある。まずは、他のところから持ってくる方法。簡単にいうと存在力を持っているモノから奪うことだ。」
「モンスターを倒しまくるのが、一番後腐れ無いな。あっ、俺、おかわりね。」
ダイルが付け加えた。
ついでにかき氷のおかわりを要求。
「実は飯食ってるだけでも、飯の存在力を吸収しているから、存在力が増えている。物凄い微量だが。」
「じゃあ、大食いの人は存在力が高かったりするんですか?」
「そうだな。大食いの人って有名になったりするだろう?存在感があるってことだな。」
麻衣はなんかちょっとうさんくさいなぁー、と思ったが、一応そんなものなのだろうと納得しておいた。
「で、存在力を増やす方法その2は、有名になること。勇者と魔王がこの世界では自動的に存在感があるから存在力が高い。」
「レベルの上がり方が早いよなー。」
ダイルが羨ましそうに言った。
「おう。俺もうすぐ7になるぜ。」
「俺は、もうすぐで6になると……思う。」
「私は5ですよ。」
「クッ、麻衣たんに追い付かれる……。」
ダイルが悔しそうにうめいている。
かき氷をヤケ食いしていた。
「勇者は存在力を操るものと言っても過言ではない。恐らくは魔王も。」
話しを戻し、九条が朗々と語る。
「『勇者の武具』は存在力を具現化した幻想武装。召喚された勇者もクラスとしての勇者もこの世界にとっては、光、希望そのものだ。」
「宗教まであるぐらいだしな。」
「対極としては魔王の存在だ。闇と絶望の権化である魔王は、人々から恐れられることによって存在する。畏怖されればされるほど、魔王の力は増す。」
「……それって、今の状態はまずくないですか?」
麻衣が尋ねる。
九条は頷いた。
「あぁ、そうだ。魔王が倒されてモンスターが凶暴化し、それのせいで、魔王への恐怖感が増して魔王の力は増す一方だ。」
「悪循環だな。」
しばし沈黙。
「話しが少し脱線したが、存在力とはそんな感じだ。俺も全てを知っているわけではないが。」
「本題に入ろうぜ。」
ダイルは少し飽きた様子である。
「うむ。麻衣たんを連れて行きたい場所なんだが、そこはダンジョンになっていて、モンスターと宝物が眠っているんだ。俺は存在力の溢れている所と睨んでいる。」
「レベル上げとレアアイテムがゲット出来て一石二鳥なんだぜ?」
「武御雷やら、なんやらはそこで手にいれたんだ。どうも、世界の存在力をそこで帳尻合わせしているような、あー、説明しづらいんだが、そういう所なんだ。」
「百聞は一見にしかずだ!明日行こうぜ!」
ダイルがもう難しそうな話が面倒になって、無理矢理まとめた。
「麻衣たんもレベルが上がったからいけるだろ。少なくともダイルよりは強いし。」
麻衣は頷いた。
(うん。光騎さんとまた会うまでに、出来るだけ強くなっておきたいから頑張ろう。)
心の中で決意を新たにした麻衣であった。
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