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輝さんと魔王が戦場を地下から空へと移したために、僕達は手の出しようがなかった。
何も出来ない。
それほど悔しいものはない。
僕はただ空を見上げていることしか出来ないのか?
「……朔夜さん、僕はどうしたらいいんでしょう?」
傍らに立つ朔夜さんへ問掛ける。
もしかしたら良い答えが得られるかもしれないと期待して。
「……あいつは後のことを託して戦いに赴いた。だから、私達は生き残らなければならない。」
朔夜さんが空を見上げたので、つられて同じ方向を向いた。
かすかに捉えることが出来る輝さんと魔王の戦い。
「……脱出する。」
「……はい。」
生き残って、次の戦いへと繋げることが僕の役割みたいだ。
今はこの敗退を胸に刻むことしか出来そうにない。
「ところで朔夜さん、零式のことなんですけど……。」
零式のことで色々お世話になった、というか積極的にお世話していた朔夜さんには伝えなければならない。
零式がもう動かないことを。
「愛ちゃんは?」
「愛ちゃんのほうは問題無いみたいです。」
「ふむ。時間は無いがコックピットに行ってみようか。」
地下に無造作に横たわる零式の元へ。
頭部も両腕も失った零式、自分が酷使させた結果とはいえ、あまりにも痛々しかった。
瓦礫を伝ってコックピットへと登る。
「大丈夫ですか?朔夜さん。」
「むぅ、手を貸してくれ。」
朔夜さんの細くてひんやりした手を掴んで引っ張っり上げた。
コックピットのシートに滑りこみ、愛ちゃんを呼び出す。
『あっ、光騎さんに朔夜さん♪』
思っていたより元気そうな愛ちゃん。
とりあえず、現状を伝えて脱出する旨を話した。
『……そうですかぁ。それより、今思いついたことがあるんですけど……。』
なんだろう?
朔夜さんと二人で首を傾げる。
愛ちゃんに続きを促した。
『えっと、零式のマナ・エンジンって使えませんか?』
モニターにエンジンのデータが映った。
僕はよくわからないけど、朔夜さんは熱心にモニターを見ている。
「……一度に造りだすエネルギーが足りないか……いや、しかしそこは……。」
なにやらぼそぼそと呟きながら考え中の朔夜さん。
もしかして、何とかなるのだろうか?
「実は機関部、浮遊装置などの重要箇所には自動修理装置が付いている。」
「えっ?そうなんですか?だったら破壊されても大丈夫なんじゃ……。」
「いや、修理は出来るが復元は出来ない。
その機能があるから私達が手を出さなくても、というか手が出せなかったんだが、
トリオンは長い年月の間、飛び続けることが出来たんだ。」
「なんか凄くオーバーテクですね。」
「うむ。まだ殆ど解析出来ていない。」
いや、胸を張って言われましても。
「それでだな、零式のマナ・エンジンを元にして、自動修理装置を使えばいけるかもしれない。
無から造り出すことは出来ないが、元になるものがあれば動力炉を復元出来るのではないかと考えたわけだ。」
「それって、かなり自動修理装置まかせになりません?」
「やってみる価値はあると思うが?」
「そりゃまぁそうですけど。」
話は決まったとばかりに、朔夜さんはコックピットから這い出ると動力炉へと向かった。
確かにこれで動力炉を復元出来れば、トリオンが墜ちずにすむ。
でも、それって……。
『どうかしましたか?光騎さん♪』
「いや、なんでもないよ……。朔夜さんのところに行ってくる。」
『は〜い♪』
コックピットを降りて朔夜さんの後を追う。
朔夜さんは動力炉近くのコンピューターをいじっていた。
「分かるんですか?」
「ふっ、『ドクター』のクラスは伊達ではないさ。」
やたらと自信満々な朔夜さん。
何か出来る感じではないので見守るしか出来ない。
『修理を開始します。修理を開始します。』
さっきから警告の声が鳴り響いていた地下だったが、突然そんな言葉に切り変わった。
「後は、零式のデータをリンク出来ればいいんだが……。」
朔夜さんの動きが止まって何か考えている様子。
ガツンッ!
ガッ!ガッ!ガッ!
バコッ!
落ちていた瓦礫を持ち上げてコンピューターのある場所、
中身を守るたぶん鉄ではない壁を殴り、剥がれかけたところを躊躇無く剥がした。
僕が唖然としている間に、テキパキと配線をいじりだす朔夜さん。
どこから取り出したのか、延長コードみたいなものに繋いで零式へと戻り始めた。
「……えっと、よく一瞬で判断出来ましたね。」
「『ドクター』の能力だよ。」
どうやら蓄積された知識と経験によって養われた直感が、『ドクター』の能力でより強化されているらしい。
こういう分野において力を発揮する直感なので戦いには向かないそうだが、戦い以外のところで役に立つ能力なわけだ。
ちなみに剣士や聖騎士にも直感を強化する能力があるのだが、そっちは完全に戦い向き。
コックピットに辿りつくと、さっきとは違って朔夜さんがシートに滑りこんだ。
「愛ちゃん、動力炉のコンピューターとリンクさせたいんだが、配線はどこだ?」
『右のフットペダルの右斜め上です。』
「わかった!」
ガツンッ!
ガッ!ガッ!ガッ!
バコッ!
持ってきていた瓦礫で殴って、剥がす。
……ちょっと楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?
配線の束を掴んで引っ張り、さっきのやつと繋げる。
「愛ちゃん、繋がってるか?」
『ばっちりでーす♪』
モニターにダウンロード中、みたいな表示が映っている。
おそらく、動力炉のコンピューターにも同じような表示があるのではないだろうか?
朔夜さんはキーボードを引き寄せて、モニターを見ながらテンポ良く何やら打ち込んでいる。
横からそれを覗きこみながら、僕が抱いた懸念を一つぶつけてみようと思った。
「……愛ちゃんと朔夜さんに尋ねたいことがあるんですけど。」
『なんですかー?』
「なんだ?」
二人共なんだか忙しそうなので気が引ける。
でも、後回しにするわけにはいかないと思うんだ。
「トリオンの動力炉にマナ・エンジンを使った場合、愛ちゃんはどうなるんですか?」
沈黙。
朔夜さんの指が奏で続けるキーボードの音だけが、コックピット内に響いた。
「エンジンが無くなりエネルギー供給が無くなれば、AI、及び機体の機能の全てが止まる。」
モニターから目を離さずに淡々と事実を告げる朔夜さん。
……あぁ、やっぱりそうなんだ……。
愛ちゃんは何も言わない。
朔夜さんもそれ以上は語らない。
「あ、えっと……。」
思わず言いそうになった言葉を飲み込む。
わからない。
いや、わかっている。
そうしなければならない。
秤にかけないといけないんだ。
よりどちらが重いのかを。
「言いたいことがあるなら言っておくことをおすすめする。少なくとも言わなかったための後悔は無くなるからな。」
口元に微笑。
きっと朔夜さんは、僕の言いたいことがわかっているんだ。
愛ちゃんもそれをわかって黙っているんだろう。
「……愛ちゃんを犠牲になんて出来ない。」
わかっている。
たった一人を犠牲にするだけで、たくさんの人々を救えるということを。
ましてや愛ちゃんは人工知能であり機械なわけで、人とは違うモノ、言ってしまえば単なる『道具』。
人に造られ消耗されるモノ。
嫌だ。
それは嫌だ。
そこに確かな命が無くとも僕の中には、いや、きっと皆の中では確かな存在となっているはず!
それなのに、目の前で失われてゆくのを見ているしか出来ないなんて……。
「だったら光騎はここから離れるといい。後は私がやっておく。」
モニターから目を離して、労るような優しい顔で後はまかせろと言う朔夜さん。
「光騎は優しすぎるんだよ。それはとても良いことだ。
でも、全てを等しく救うことは難しい、というよりは出来ない。
どこかで折り合いをつけるか、決めなければならない。」
「……決める?」
「そう。どちらを救うかということ。だが、まだ決めなくてもいいさ。
ここは私と愛ちゃんの判断だ。光騎はもっと悩んで、悩んで悩み抜いて、結論を出すがいい。」
僕は朔夜さんの言葉を噛み締めながら、なんとか頷いた。
それから朔夜さんは無言で作業を進める。
「うむ。なんとかなりそうだ。」
そう言うと動力炉のコンピューターに用があると、コックピットを降り始めた。
朔夜さんが見えなくなる寸前、不意にこちらを振り向いた。
「愛ちゃんと話をしたらどうだ?」
きっとこれが最期だからと、そう言って朔夜さんは降りていった。
朔夜さんが座っていたシートに腰を下ろす。
なんて声をかければいいかわからない。
『光騎さん♪今までお世話になりました♪』
お別れになるとは思えない明るい声だった。
「……お世話なんて、僕のほうが頼りっぱなしだったよ。」
僕はどんな表情を浮かべたらいいかわからなかった。
『私にとっては光騎さんと長い付き合いなんですよ。』
「そっか。そういえばそうだよね。僕とは違う『光騎』からの付き合いなんだし。」
『ええ。私は、私の世界の光騎さんに育ててもらったんです。
AIは育ててもらった人によって、性格も能力も違いますから。』
「そうなんだ。」
『だから、光騎さんにはお世話になりましたし、育ててくれた光騎さんに恩返し出来ました♪』
ここに愛ちゃんの体があったとしたら、爽やかな青空のような笑顔を浮かべていたに違いない。
「ありがとう、愛ちゃん。愛ちゃんの世界の『光騎』の分も、本当にありがとう……。」
胸が痛い。
涙が出そうになる。
それでも笑顔で別れたい。
僕は今、上手く笑えているだろうか?
動力炉のほうから朔夜さんの声が聞こえる。
準備が出来たそうだ。
『……じゃあ、さよならです、光騎さん。』
「……うん、さよなら愛ちゃん。」
ここから離れなければ修理をすることは出来ない。
重い腰をなんとかあげる。
『あっ、光騎さん、これを持っていって下さい。』
モニターの下にあるスロットから、カシャッという音がした。
手のひらサイズの見たことないもの。
「これって?」
『私のデータをコピーした記憶媒体です。もし、私を再現出来るようになったらまた会いましょう!』
眩しいぐらいに前向きな愛ちゃん。
僕もそれを見習わなくては。
「わかったよ、愛ちゃん。サヨナラは言わない。またね!」
少し涙が出てしまったけど、笑顔で愛ちゃんと再会の約束をした。
コックピットを伝って瓦礫を駆け降りる。
後ろは振り返らない。
いつ再会出来るかわからないけど、いつの日かきっとまた会うことを心の中で誓う。
「別れはすんだか?」
「はい。別れじゃなくて再会の約束をしました。」
「……そうか。涙を拭いてそこで見守っていてくれ。」
僕はポケットの中の記憶媒体を軽く握って頷いた。
少し下がった位置に立ち、朔夜さんもコンピューターのスイッチを押すと隣りに並んだ。
『修復プログラムを起動します。』
動力炉の床や天井から伸びてくる、様々な大きさ、様々な用途の手を持つコード。
それは零式を探して動き回り、一つが触れると他の全てが集まり始めた。
装甲を剥がし、中を探り繋いで固定。
まとわりつくようにして次々とコードが繋がれてゆく。
その姿はまるで、鎖に囚われたかのように見えた。
中の機械が露になる。
「あれがマナ・エンジンだ。」
がんじがらめにコードが繋がれ、トリオンの動力炉として取り込まれてゆく。
零式は完全に沈黙することとなった。
愛ちゃんの声も、もう聞こえない。
「……順調のようだ。以前ほどの高度と速度は出せないかもしれないが、トリオンが墜ちるのは回避出来ただろう。」
朔夜さんのお墨付きが出た。
だったらここにいる必要は無い。
僕は僕の戦いをしなければ。
「朔夜さん、ここは任せました。僕は行ってきます!」
「あぁ、行ってこい。くれぐれも無理をしないように。いざとなったら輝とやらに全部任せればいいんだからな!」
腕組みして不敵な笑みを浮かべて見送ってくれた朔夜さん。
僕が行っても何も出来ないかもしれないけれど、後悔はしたくないんだ。
だから、僕は再び戦場へと駆け出した……。
あとがきっぽいもの。
作者「愛ちゃん離脱。まぁ、零式が使えなきゃ自動的にそうなるよね〜。」
麻衣「……面識はありませんが、悲しいですよ。」
作者「まぁまぁ、いつの日にかの再会に期待しましょう。」
麻衣「お話したかったです。」
おわり
お気軽に叩いてやってください、喜びます(笑)
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