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シルビアと衛星が訪れたのはメイディアの家である。

いわゆるお金持ちの豪華な家。

門から自宅の玄関までやたら遠いとか、使用人が数えきれないほどいるとか、当たり前のことを描写するのは省略する。

シルビアと衛星がここに訪れた理由。

それは特訓をするためだ。

「お待ちしておりました。」

二人を櫻が出迎えた。

学校にいる時は制服だったが、今は侍従らしく、メイド姿である。

櫻は二人を敷地内のトレーニング施設へと案内する。

案内された場所はあらゆるトレーニング器具が揃えられている。

畳の道場に、プール、運動するうえでのありとあらゆるものがあった。

そして、そこには既に先客がいた。

菫である。

サンドバックを一心不乱に叩き、流れる汗を拭うこともない。

「菫、シルビアさんと衛星さんが来ましたよ。」

櫻が声をかける。

「……。」

しかし、菫は返事をすることもなくただ打ち込むばかりであった。

シルビア達と同様、菫も悔やんでいるのだ。

刀夜を死なせてしまったことを。

自分の力がもっとあれば、もっとうまくやっていれば、刀夜は死ななくてよかったんじゃないかと。

「……ふっ!!」

力を込めた打撃が文字通りサンドバックを貫く。

千切れたサンドバックの下半分が床に落ちた。

「菫、一旦休憩にしましょう。それ以上は拳が壊れます。」

櫻が菫の手を取って診る。

皮が破け、肉は擦り減り、血まみれになっていた。

菫は荒い息をつきながら口を開いた。

「……立ち止まってる暇は無い!1秒でも早く強くなって、刀夜を助けるんだから!」

櫻から昨日の会議の話を聞いてから休むことなく、明らかに過剰なトレーニングをしていた菫。

人より体力のある菫とはいえ、櫻は見ていられなかった。

「……一朝一夕でどうにかなるものではありません。シルビアさん、衛星さん、それはあなた方にも言えることです。」

櫻は3人を見据えて言った。

「それでも私はやります。刀夜のために。」

シルビアは真剣な、何が起ころうとも揺るがない決意を表した。

衛星と菫も頷く。

「……そうおっしゃると思っていましたよ。私も同じ想いです。」

櫻はそう言うと、3人についてくるように促す。

向かった場所は道場。

4人は靴を脱いで上がる。

そして、扉を開けると人が立っていた。

「ふははははー、よく来たなっ!」

「あははははー、よく来たなー♪」

葵と雅輝が道場の真ん中で、やたら勇ましく仁王立ちしていた。

壁にはへろへろになったシロウがよだれを垂らして(汚い)倒れている。

隅っこには柔耶が三角座りをしていて、櫻達に軽く会釈した。

「……どういうことですかね?」

説明を求める衛星。

「私が先生、講師、師匠、女教師だよ♪ブィブィ♪」

底抜けに明るくVサインを突き出す葵。

「ビシバシいくから覚悟しとけよ。」

雅輝の目がギラリと光る。

「ではシルビアさん、衛星さんあちらで道着に着替えて下さい。」

案内されて着替えに向かう二人。

菫は葵と雅輝を見る。

「あんた達、本当に強いの?」

疑いの目。

二人が何かの武術をやっていることは知っていた。

しかし、菫も相当の腕である。

その菫に稽古をつけられるほどのものかどうかは疑しかった。

「漢は強くなければ意味が無い!」

雅輝がきっぱりと言い放つ。

「強くないと死ぬからね〜。強いのが当たり前なんじゃない?」

あっけらかんと物騒なことを口にする葵。

「強くないと呼ばれないんじゃないかな?メイディアさんの家なんだし、半端なことはやらないでしょ?」

柔耶が付け加えた。

ちなみにシロウは動く様子がない、ただの屍のようだ。

「……まぁ、いいわ。手合わせすればわかることだし。」

やる気満々の菫。

葵を指名する。

「うん、うん。やろうやろう♪」

なんだかウズウズしている葵。

こっちもやる気満々である。

「アオ姉、殺しちゃダメだよ。」

「えー?ダメなの?」

いやいやする葵。

殺ってもいいでしょ?って感じでおねだり視線を飛ばす葵。

「ダメ。急所も狙っちゃダメ。骨も折ったらダメ。すぐ治まる程度のダメージしか与えたらダメだからね。」

「むーう。ダメばっかじゃん。」

「ハンバーグ作ってあげるから。」

「わかった♪」

単純明快な葵。

ご機嫌でニコニコな顔をして菫と対峙する。

菫のほうは葵と柔耶のやりとりにどうやら自分はナメられてるらしいという結論に達し、かなり怖い顔である。

「……行くよ。」

怒りながらも律義に宣言する菫。

「どうぞ♪」

ゆったりとした自然体の葵。

菫は地を蹴った。

先手必勝、パンチを繰り出す菫。

それを余裕で避けた葵はご機嫌な笑顔のまま、菫の腕を取って放り投げた。

さすがに単に放り投げただけだと、菫は空中で身を捻り簡単に着地した。

しかし、菫が葵を視界に収めようとした時には、そこに葵がいなかった。

「なっ!?」

一瞬の出来事の間に葵を見失ったことに驚愕する菫。

「とりゃあぁぁぁ〜」

上からのかけ声。

菫はとっさに防御の構えを取った。

交差させた腕の上からでも重い衝撃が伝わる。

「よっとー。」

葵はさらに菫の腕を踏み台にして跳んだ。

クルッと回転して天井に足をつけると、天井を蹴りつけて加速。

体勢の整っていない菫を蹴り飛ばした。

かろうじて受け身を取ってダメージを緩和する。

「なんて滅茶苦茶な動きなのよ!」

悪態をつきながらも菫は立ち上がり構える。

「頑丈頑丈♪もうちょっと遊べそう♪」

トコトコと無造作に菫に近付いていく葵。

「葵さん、あんたは遊びだって言うの?」

菫は怒りを含んだ声で葵に問掛ける。

「本気でやったら殺しちゃうよ?その程度の腕なら。」

正直な言葉。

葵は嘘をつかない。

空気が読めない。

自分の感性で全てを判断する。

「くそっ!!」

苛立ちを含んだ声で吐き捨てると、葵をにらみつける。

葵の一挙一動を見逃すまいと目をみはる。

「アハハハッ!」

葵の無邪気な笑い声とともに蹴りの連撃。

菫は届かないと思っていた距離からの攻撃に、対応が遅れた。

捌くことも出来ずに蹴りを受ける。

両腕がはじかれまともに蹴りが入る。

菫は受け流すことも出来ずに、吹っ飛ばされた。

「げほっ!げほっ!」

受け身も取れずに壁に叩きつけられ、倒れこむ菫。

「アオ姉、そこまでにしようか。」

追い撃ちをかけようとしていた葵を呼び止める柔耶。

ちょうど菫への興味を失いかけていた葵は、素直に攻撃を止めた。

そこに着替えを終えたシルビアと衛星が、櫻と一緒に戻ってきた。

「どうやら一戦あったようですね。」

葵と菫を見て櫻が言った。

「えぇ、菫ちゃんの技量を見極めさせてもらいました。」

柔耶が立ち上がり答えた。

葵は柔耶に抱きついて、飴をもらっていた。

ご褒美である。

「どうでしたか?菫の腕は。」

「悪くは無かったよ。力に頼り過ぎてるのが難点だね。」

柔耶は明確に答える。

「あんたに言われたくない!そんなことが言えるってことはあたしよりは強いんでしょうね!?」

勢いよく飛び起きた菫が指をつきつけて柔耶に言い放つ。

柔耶は頑丈だなぁ、と思いながら口を開いた。

「負けはしないよ。」

笑みを浮かべて柔耶は言った。

その軽薄な笑みに、短気な菫はカチンと来て柔耶へ突進してきた。

葵と同じく自然体の構えの柔耶。

連続して放たれる打撃をしなやかに避ける。

蹴りを織り混ぜての攻撃にも、柳のごとく受け流した。

柔耶からの攻撃は無いが、菫の攻撃が当たることは無かった。

それは宙を舞う木の葉を相手にしているようで、菫の打撃は空を切るばかりである。

「ね、負けないでしょう?」

間合いをとった柔耶がニコッと笑ってそう言った。

息を乱した菫が押し黙る。

「菫、葵さんと柔耶さんは古くから伝わる暗殺術を受け継いでいる方達です。言ってしまえば戦闘のプロ。いえ殺しのプロ。壊し方を極めた人達なんです。あちらの世界で戦い抜くためには学ぶことも多いでしょう。」

「受け継いでるのはアオ姉のほうだけだよ。僕は生き残ることしか教わってないから。負けないけど、勝てないんだ。」

柔耶が説明を付け加える。

「よし、男子は俺、女子は葵の指導で始めるとするか。意志を貫くのに必要な力を得るためにな。」

腕を組んで成り行きを見守っていた雅輝が締めた。

「ところでアレは?」

菫が指を刺したのはさっきから倒れっ放しのシロウ。

「あれは死んだフリの特訓だ。」

雅輝がやる気なさげに答えた。



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