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聖都リプル。
神官達が集まる聖なる土地。
神への祈りを捧げる巡礼者が後をたたない地である。
そこの住民街の一画、路地裏の居酒屋が今回の舞台である。
「チェスト――!!」
規格外の大きさの包丁が魚を断つ。
精密かつ大胆な動作で魚は捌かれていき、お刺身セット5人前となった。
「店長、次はお刺身サラダです!」
「承知!」
ウェイターの縁が注文を通す。
同時にエールを運んでいった。
「ゆかりちゃん、唐揚げ揚がったよ。」
厨房に立つもう一人は時也である。
若鶏の唐揚げを盛り付けてカウンターへ置いた。
「はーい。これ、次のオーダーね。」
「はいよー。」
ヒラヒラしたウェイトレス姿のゆかりが、くるくるまわりながらテーブルを行ったりきたりしている。
縁、ゆかりの姉弟がウェイターとウェイトレスをやっており、注文を聞き、料理を届け、お皿を下げては、お冷やを注ぎにいく。
三日前とは比べものにならないほどその動きはスムーズだった。
そう、店は大変に繁盛していた。
しかし、この店そもそもこんなにも繁盛していなかった。
その発端は三日前だった……。
白い光を抜けて目を開けたそこは、荘厳たる風景の場所だった。
「うーん、なんだか古くから伝統のある街、って感じだ。」
時也がうんうんと頷きながら辺りを見回す。
道を歩く人は法衣のようなものを着て、胸には十字架に似たようなネックレスを下げていた。
「宗教が盛んな街なのかな?」
クラスが神官のゆかりは少し興味があるようだ。
時也と一緒に辺りをキョロキョロと見渡す。
「ここって盗賊ギルドとかってあるのか?」
縁は二人とは違う視線を飛ばす。
女の子が法衣のせいで厚着なのが気に食わなかった。
「とりあえず歩いてみようか。なんか注目されてるし。」
いきなり街中に現れた時也達を不審な目で見ている街の人達。
その視線を避けるために人気の少ないほうへ三人は歩き始めた。
辿りついたそこは、さっきまでの風景とは違った、人間臭さのある場所だった。
法衣を着た人は少なく、ラフな格好をした人が多い。
「住民街なのかな?」
商店街のような活気がある通りを三人は歩いた。
「どうやら巡礼地と宗教施設と住民街で構成された街みたいだね。」
人波をかぎわけながら三人は進む。
そして辿り着いたのは一軒の居酒屋。
「なんか隠れた穴場な気配がする!」
時也がなんだかウズウズしていた。
料理人としての血が騒ぐみたいだ。
「でも、まだ昼間なんだけど……。」
ゆかりの指摘も聞かずに今にも店に入っていきそうな勢いの時也。
「おっ、開いてる。入ろうぜ時也。」
縁もゆかりの言葉は聞いていなかった。
いつのまにか扉に近付き盗賊っぽく鍵穴チェックをしていたりする。
「よし、なんの迷いもなく入ろう!」
ノリノリの縁と時也。
扉を開けて店に入っていった。
ゆかりは取り残されるのもイヤなので二人についていく。
「……ん?」
ふと、視線を感じて後ろを振り向いた。
しかし、何も見つけらなかったゆかりは店へと入っていった。
「へい、らっしゃい!!!」
店内に響く声。
カウンターの向こうに立つのは、ねじりハチマキの似合ういぶし銀。
仁王立ちでたたずむ姿は全てを圧倒していた。
てか、無駄に威圧感があった。
時也と縁は特に気にせずにカウンターに座った。
マイペースな二人に威圧の影響は無いのだ。
しかし、ゆかりは違った。
完全に雰囲気に呑まれていた。
扉をくぐった所で軽く思考停止していた。
「ゆかりちゃん、座りなよ。」
時也がおいでおいでと手招きする。
ゆかりはハッ、と我に返ると時也の隣りに座った。
そこは縁の隣りでもあった。
(……なぜ真ん中に?)
ゆかりは何故か二人の真ん中にいた。
さらに不可解なことに店長らしき人物の正面に配置する。
ゆかりはそっと顔を上げた。
店長とモロに目があって、慌ててうつむいた。
(……うぅ、怖い……。)
逃げ出したくなったが縁と時也がいることで辛うじて止まる。
「注文は?」
店長はやたらとでかい包丁を研ぎながら尋ねた。
「お刺身セットとご飯大盛りで。」
縁はがっつり食べたいらしい。
「金目鯛の煮付けと、お刺身盛り合わせ。」
お刺身セットとお刺身盛り合わせの違いが気になる。
「えーと、私は……おまかせで……。」
ゆかりはある意味賭けにでた。
「承知!」
店長は氷が詰まった木の箱から魚を取り出すと、まな板にドンッと置いた。
そして研いだばかりの包丁を構えると、それを振り下ろした。
「チェスト―ッ!!」
いちいちダイナミックだった。
店長は魚に渾身の一撃をお見舞いしてやった。
ズダンッ!ガッ!シュバッ!ガッガッガッ!ザッザッ!シュパッ!
勢いよく捌かれていった。
音や動きが無駄に豪快だが、それとは対称的にお刺身セットは繊細なつくりになっている。
「職人だな。」
「あぁ、いい仕事っぷりだ。」
縁と時也は満足気に頷いている。
「なんであんなに大きい包丁で捌けるんだろう……。」
ゆかりは不本意ながらも今回はひたすらツッコミ役である。
「ふんっ!!」
やたらと気合いを込めて落とし蓋が投入された。
煮付けも同時進行で調理されている。
そして、料理は完成した。
店長の気迫ある調理方法はゆかりをハラハラさせたが、料理は完璧だった。
ちなみに縁と時也には楽しいパフォーマンスだったようだ。
「……なんだか疲れたなぁ……。」
軽い疲労を感じながら並べられていく料理を眺めるゆかり。
縁と時也の注文したものが並べられた後、ゆかりが頼んだ店長のおまかせが運ばれる。
「あぁ、もう、なんだろ……。」
ゆかりは目を疑う。
そこにあるのは三角のおにぎり。
それだけならまだマシだが、もう一つが問題だった。
ライスである。米である。おにぎりライス。
「ラーメンライスならわかるけどね。」
時也は煮付けを美味しそうに食べつつコメント。
上手に骨から身をほぐしている。
「それ、どっちがメイン?」
縁が素朴な疑問をぶつける。
自分好みの醤油とワサビのブレンドを求めながら。
「私がわかるわけないよ……。」
「どちらがメインかは己が決めることだ。」
ゆかりがげんなりしておにぎりライスと対峙していると、腕組みをした店長が威風堂々とした仁王立ちで言葉を放つ。
「主役とか脇役とかは関係無い。それ自体が誰かの心を動かし、その存在を心に刻むことが出来たならば、それはその者にとっての主役になりえる。いや、己の視点からしか世界が見えない以上、己の存在がある限り、この世界の主役は自分自身だ!!!」
カッ!、と眩しい後光が射すかのような店長の演説。
縁と時也は拍手喝采でスタンディングオーベーションである。
「店長、ブラボー!ブラボー!」
「アンタ最高だよ!」
店長は目を閉じ感慨にふけつつ頷く。
一方、黙って聞いていたゆかりはこめかみをピクピクさせていた。
「……で、貴方は自分が主役だとでも?」
低く押し殺した口調。
穏和でおとなしい性格のはずが、この世界に来て調子が狂いっぱなしのゆかり。
「む?そうではなく、おにぎりとライスのどちらが……。」
「うっさいわー!!」
ゆかりはカウンターを飛び込え、店長と並んだ。
腰を沈めてガッハーと息を吐くと気合を込めた。
そして、会心のコークスクリューは店長の腹を正確に貫いた。
店長が苦痛の表情を浮かべて膝をつく。
「やべぇ、姉ちゃんが久々に怒ってる!!」
縁が自分のお刺身セットを持ちつつ移動。
巻き添えをくわないためだ。
「……ゆかりちゃん、鬼だ……。」
時也も縁に倣って移動した。
障らぬ神に祟り無しである。
「こんな、おにぎりとライスなんか出してきて!そんなに米を食べさせたいの!?」
右脇腹に拳を叩きこんだ。
店長の額に汗が浮かぶ。
「アンタの店は米がメインか!?米をうりにしてるのか!?」
左脇腹にも拳がめり込んだ。
店長、冷や汗ダラダラ。
「こ、米にはこだわりがある……。炊き方には気を使って……。」
ゆかりは何も言わずに黙って店長の髪をひっつかむと、ビンタ、ビンタ、ビンタ。
「お、往復ビンタ!?あれが出たらもうダメだ!」
縁がガクガクプルプルし始める。
「どゆこと?」
時也にはただの往復ビンタにしか見えない。
それでもオッサンが普通の女の子に往復ビンタされてるのはシュールだが。
「あ、あれは反抗の意志が無くなるまで続くんだ……。自分が心の底から悪いと思った時に解放される、いわば拷問の一種!気絶しない程度の痛みが延々と続くんだぜ……。」
「怖っ!」
時也はゆかりを怒らせないことを固く心に誓った。
「アンタ、絶対に魚料理が得意でしょう!?なんで魚料理出さないのよ!?和食でしょう!?そんなに笑いが欲しいの!?」
バシンッ!バシンッ!バシンッ!バシンッ!
「ブハッ、ぐふっ!」
店長はなすがままにやられていた。
表情はかなり泣きそうである。
時也は店長が哀れになってきた。
「止めたほうがよくない?」
「巻き添えくうからヤダ。」
「……。」
縁の素直な本音に時也は無言。
時也もヘタに手を出すのはやめておくことにした。
往復ビンタが止まる。
ゆかりは店長を無言で見下ろしていた。
店長はブルブル震えつつ、口をパクパクさせたあと、
「ご、ごめんなさい……。」
謝った。土下座で。
店長は自分の負けを認めたのだ。
てか、完全におびえている。
「わ、わかればいいのよ。」
熱が冷めつつあるゆかりは、店長の低身低頭っぷりに戸惑いつつ自分の席に座り直した。
縁と時也も席に戻ったが、なんだかビクビクしていた。
微妙な空気になってしまった居酒屋『一灯料男』での出来事であった……。
お気軽に叩いてやってください、喜びます(笑)
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