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「……俺は、『蘇生』の奇跡を選ぶ。どんな代償でも俺が払ってやる!」

どんな困難を前にしても立ち向かう覚悟。

縁にとって姉の生のためなら、何があろうと安いものだった。

店長は縁の選択に、何も言わなかった。

どちらを選んでもゆかりを蘇生出来るし、どちらを選んでも険しい道があったから。

「……わかりました。では、まずは魔王のほうを何とかしましょうか。」

麻痺の魔眼で魔王を捉えたままリセミアは言う。

魔眼。

それは魔法の眼の略称である。

先天的に持っている場合と、後天的に得る場合がある。

いずれにせよ、貴重かつ強力なもの。

魔術、魔法の発動には手順が必要であり、時間がかかる。

しかし、魔眼はただ『視る』だけで発動可能であるのだ。

そして効果は魔法級。

魔眼を欲しがるものは少なくない。

「クククッ、そう簡単にいくものかな?我も全力でゆくぞ?我が力を返してもらうためにもな!」

魔王は闇を噴出した。

殺気を含む闇が霧のように立ちこめる。

魔王の姿が闇の霧の中に消えた。

魔眼の視線から姿を消した魔王。

「……魔眼を防ぎましたか。」

霧が押し寄せてくる。

しかし、リセミアは戸惑うことなく奇跡を紡ぎだす。

「『聖光』。」

聖なる祈りによって降り注ぐ光が、闇の霧を照らす。

霧の中を光が乱反射して、闇を打ち消した。

光を浴びて肌を焼いた魔王が、体をダラリと弛緩させ顔をうつむかせた状態で現れる。

「クケケケケッ。そうかぁ、そうだなぁ、我にとってお前は、相性が悪いなぁ。今の我では随分と手こずる!」

近くにいたモンスターを吸収して傷を塞ぐ。

リセミアは再び魔眼をかけるべく身構えた。

ゆっくりと魔王が顔を上げる。

その眼には眼球が無かった。

そこは泥のような闇が詰まっていて、とても汚らわしかった。

「……ここに入るはずの我が瞳、返してもらおうか。」

魔眼。

それは『魔王の眼』の略称でもある。

強大な魔王の力の一つで、ただ殺戮を行うだけのモノ。

以前、魔王が倒された時に、それは厳重に封印された。

そして、それはリセミアのもとに管理されている。

「返せと言われて、そう簡単に返すものですか。あと、瞳を無くしたぐらいで魔眼が防げるとでも?」

妖艶な笑みを浮かべるリセミア。

「麻痺の魔眼は、もう効かぬぞ?」

凶悪な笑みを浮かべる魔王。

「私の力が麻痺の魔眼だけとお思いか?」

リセミアは左右の瞳の色が違う。

赤色の魔眼は、『麻痺』の力を。

片方の灰色の瞳は、

「視るものの、全てを見通す瞳。『解析』の魔眼!」

魔王を見つめる。

視線と視線が合わなくとも、魔王という存在を『視る』だけで魔王の全てが解る。

それはアナライザーで得られる情報量を遥かに圧倒する。

魔王の基本能力、特殊能力、存在力の量、ダメージ量、魔王の考えることですら捉える。

「……混沌としていますね。」

魔王の思考を読み取るリセミア。

ぐちゃぐちゃにかき混ぜたような思考を読み取るのは、車酔いをしてしまいそうな感じ。

「我は闇だ。負の感情のみで構成されている我の思考を読み取るのは容易ではあるまい?長時間の使用は精神崩壊を招くぞ?」

歪んだ笑みを浮かべながら足を踏み出す。

魔王の通る道は、黒く腐食していた。

「『浄光剣』!」

リセミアは祈るように手を組んだ。

奇跡を呼び込み、聖なる剣を雨あられと降らせる。

魔王はそれを獣の如き動きで避ける。

いくつもの剣を手足を駆使して、地上のありとあらゆると、物理法則をも利用し、避け始める。

リセミアは『解析』の魔眼を発動しながらも、魔王の動きについていけないことを悟る。

(この動き、獣の力。ほとんど直感で動いているわけね……。)

思考せず、体の赴くままにまかせた動き。

体術なんてものは無く、野蛮ともいえる獣そのもの。

「ハハッ!」

剣をすり抜けて、リセミアへと迫る。

「『聖域』。」

聖なる領域の展開。

リプルを包んだ光と同じもの。

魔王といえど、そう簡単に破れるものでは無い。

しかし、破れないもので無いのは実証されている。

ただの時間稼ぎにしかならない。

「……さすがに分が悪いですね。」

魔王はただ見ている。

リセミアが一体何をするのか、と。

(……私が撤退すればリプルの人々を皆殺しにする。こうして防御に徹していても同じ。かといって、勝ち目は薄そう。負ければ魔王は力を取り戻し、結局は皆殺しが待っていると。)

手詰まり。

最悪の結果を回避したところで、先延ばしになるだけ。

しかし、まだ切り札は手の中にあった。

「……隊長はいつまでそうしているつもりなんですか?」

リセミアは振り返らずに、後ろにいる店長へ声をかけた。

店長はうつむき、震える腕を必死に抑えようとしていた。

「お、俺は……。」

魔王の闇の気配が、心を萎えさせる。

自分に後を託した戦友達の顔が浮かぶ。

「このままだと、あの時と同じ惨劇が待っていますよ?いえ、もしかするとあの時以上かもしれない……。」

リセミアは気付いている。

以前と違う違和感を。

なぜ、モンスターを統べる王が倒されたのか?

(……誰か、それを炊きつけた人物がいるに違いない。)

「……。」

店長は縁とゆかりを見た。

血まみれになって、手足が動かなくなるまで戦った縁。

とても戦うような性格ではないのに、勇気を振り絞って戦い、もうすぐ死にゆくゆかり。

「……俺が戦えば、周りのものは死んでいくんだ。俺が戦わなければ……。」

闇に取り込まれてしまいそうな、哀しみの表情。

「……あぁ、もう、しょうのない人!」

『聖域』の維持をしながら、店長に歩み寄るリセミア。

店長が顔を上げると、

バチンッ!

リセミアのビンタが炸裂した。

「隊長は何も悪くないの!悪いのはあっち!魔王を倒すためには、あのやり方しかなかったんだから!そして隊長は、皆が命を託せると思ったから、魔王を必ず倒して平和な世界を取り戻す、って想ったから、笑って皆は命を託したの!覚えているでしょう?あの時の!あの笑顔を!」

店長に魔眼をかけないように、プイッと顔を反らしたまま、まくしたてたリセミア。

店長は手の平の『復活の指輪』を見た。

そして思い出す。

眩しかったあの日々と、かけがえのない仲間達の笑顔を。

それはもう取り戻すことは出来ないけど、今、手元にあるものは守ることが出来る。

再び燃えあがる心の中の炎。

長い間、灰にまみれて消えかかっていたものが息を吹きかえした。

「……リセミア、ありがとう。」

体の震えは止まっていた。

「どういたしまして。」

リセミアは微笑む。

(それでこそ、私の好きだった隊長……いえ、今もきっと……。)

リセミアは任せても大丈夫だと思った。

店長はもう一度、縁を見た。

縁はニカッと笑って店長を送りだす。

雄々しく立ち上がる。

胸に刻まれた想い出は辛く哀しかったけど、それだけでは無かったから、痛みを越えていける。

「ほう?闇を振り払ったか。さすがは『勇者』だ!」

魔王は強敵の復活に楽しそうな声をあげた。

『勇者』を殺せる喜びが渦巻く。

自分の存在を否定した存在を、今度は自分が否定する。

「黙るがいい!俺は今度こそ!守りたいものをことごとく守ってみせる!」

高らかに、気高く吠える。

その瞳は輝き、闇を照らす一条の光となる。

店長は肩に手をかけ服を掴むと、バッと脱ぎ捨てるようにして、戦うための姿へと変わった。

店長の勇者の鎧、『戦装束』。

戦国時代の武将が身に纏うような、鎧のような重いものは無く、身軽な印象。

それは店長によく似合っていた。

「さぁ、戦おうか!その闇を叩き斬ってくれる!」



お気軽に叩いてやってください、喜びます(笑)


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