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時也達の宣伝活動は功を奏し、居酒屋『一刀料男』は賑わった。

宣伝をしてからの4日間、お客が途絶えることが無く、常に満席状態であった。

時也と店長が厨房に立ち、縁とゆかりが店内をいったりきたりで忙しく働く。

最初はぎこちなかったウェイトレスなゆかりだが、次第に慣れていき、今ではセクハラにも対応出来るようになっていた。

なんだか3人は輝いていた。

その日の営業が終わって、最後の客を見送ると暖簾を下ろす。

縁とゆかりが各テーブルを片付けて、時也と店長は洗い物。

「いやー、今日も大繁盛でしたねー。」

時也が隣りで洗い物をする店長に言った。

「うむ。我が店始まって以来の盛況ぶりに、若干、引き気味だ。」

淡々と洗い物をこなす店長。

「引き気味かよ!」

縁がつっこむ。

本来、縁がボケのはずだが、店長のほうがボケることが多い。

しかも、おそらくは天然である。

「それにしても、ゆかりちゃんはすっかりこの店の看板娘だよね。ゆかりちゃん目当てのお客さんもけっこう多いよ?」

時也はガシガシと鍋を洗っている。

「恥ずかしいよ……。」

基本的に注目されることに慣れていないゆかりにとって、赤面だらけの日々だった。

「姉ちゃん大活躍!、ってね。あっ、俺ゴミ出してくるわ。」

縁がゴミ箱を抱えて勝手口から出ていった。

「もう!縁ったら……。」

ゆかりの照れた声が聞こえた。

縁が店の裏にまわり、ゴミをまとめていると、かすかに足音が聞こえた。

(う〜ん、初めて盗賊っぽいかも。)

そんなことを思いながらも、片付けの手を止めない。

近付く足音。衣擦れの音。

縁の背後でその音が止まった。

(……やれやれ、戦ったりするのはごめんなんだけどな……。)

警戒しながら背後を振り向く。

そこにいたのは法衣を纏った男。

フードを深く被っているため、表情はわからないが敵意は感じられなかった。

「何か用っすか?」

ゴミ箱を置き、手を払いながら縁は言った。

「……あなた達は『勇者』ですね?」

男が厳かに言った。

「ん?あぁ、異世界から召喚されたか、ってことか。そうだぜ。」

縁が答える。

さりげなくポケットに手を入れる。

(武器になりそうなもの……ペンぐらいしか無いよなぁ……。)

それでも無いよりはマシということで、ポケットの中でそれを掴んだ。

「失礼ながら、ここ数日間あなた方を監視していました。」

フードを取る男。縁にはその顔に見覚えがあった。盗賊の記憶術の能力である。

「……あぁ、そういえば居たな。居酒屋で酒を頼まない変な客が。」

店内にいた時は法衣の姿では無かった、しかし、顔はしっかり覚えていた。

「……さすがですね。実は私はあなた方にお願いがあって参りました。」

縁は事態が自分の思っている方向とは違う方に向かっていることを感じた。

(……まぁ、いきなり襲われる理由も無いけど。)

一応は警戒を解かずに男に話の続きを促す。

「我々は『勇者』を探しています。そして、人々の救いのためにその力を貸して頂きたいのです。」

まるで表裏の無い、真っ直ぐな言い分。

自分達の信じる道を行こうとする真摯な瞳。

(……そういや、ここって、宗教都市だっけか……。)

この都市が信仰する宗教について知っていることは無かった。

興味が無いというか、バイトばかりをしていたためであるが。

「それって、信仰してることに関係あり?」

縁はわからないので聞いてみた。

「えぇ、我々の信仰に深く関わります。ですが、それとは別に世界を救うために『勇者』の力が必要なんです。そして、我々はそれを助けることを惜しみません。」

熱意のある言葉。

本当に、心の底からそれを求めている声だった。

「……。」

縁はどう答えるか悩んでいた。

いや、答えは決まっているのだが、どう伝えるか悩んでいるのだ。

(……他人任せになるけど、仕方ないか。)

脳裏に2日目に見たものの姿が浮かぶ。

「俺達は『勇者』じゃありません。クラスが『勇者』じゃない、ってのもありますが、器が違いますよ。言うなれば脇役?だから他を当たって下さい。」

縁はきっぱりと言い放つ。

男は目に見えてうろたえた。

「そんな!我々が気に入らないとでも!?」

縁は困った。どうやら言葉が通じにくいらしい。

「違いますよ。俺達よりもっとふさわしいやつがいる、ってことです。ほら、3日前に凄い速さで飛んでいったのがいたでしょ?刀夜って名前なんですけど、あいつなんか『勇者』らしいですよ。あいつを助けてやって下さいよ。」

完全に他人まかせの言葉。

それでも男は何か思うところがあったのか、縁の言葉を吟味するようにうつむくと、

「わかりました。我々はトウヤ様を探すことにします。それでは私はこれで。ご迷惑をおかけしました。」

頭を下げると再びフードを被り直し去っていった。

縁はそれを見送ると、全身の力を抜いて溜め息をついた。

「……あー、真面目な話すると疲れるわ。」

ふと夜空を見上げる。

月は見当たらなかったが、無数の星が輝いていた。

(……話がついてよかったな。)

縁は微笑んだ。

姉を戦わせずに済んだし、時也もそうだ。

あの二人には戦いは似合わないと考えていた。

自分が戦うことになるのは構わないが、やっぱり離れるのも嫌だった。

(まぁ、刀夜には悪いことをしたかもしれないけどな……。)

壁によりかかり座る。

ちょうどその時、勝手口が開いて時也が出てきた。

「……よう。」

「やぁ。」

声をかけあう。

時也は縁の横に座り、口を開いた。

「なんの話だった?」

時也が気軽に尋ねた。

「ん?あぁ、スカウトされた。俺達と一緒に世界を救わないか?、ってさ。バイトが忙しいから、って断ってやった。」

縁は冗談めかして答える。

「ハハッ、そっか。」

時也は笑ってそう言った。

しばし沈黙。

二人して夜空を眺める。

そして先に口を開いたのは時也だった。

「僕達、けっこう目立ったからね〜。最初に来た時も、街中に突然現れて、それから宣伝活動もしたしね。」

「だな。ま、これからもバイトに精を出そうぜ!」

時也の肩を叩く縁。

「そうだね。」

笑いあう二人。

「そういや、姉ちゃんは?」

「ん?ゆかりちゃんは店長が作った、新しい制服を着るか着ないか迷ってた。」

「……店長、ちゃんと寝てるのか?」

「今回のはフリフリとかがもっと手が込んでたよ?」

「よし!姉ちゃんをおだてて着せるか!」

「楽しみだねぇ〜♪」

縁が勢いよく立ち上がる。時也も続いて立ち上がった。

並んで勝手口へ向かう。

「……。」

縁がふと立ち止まる。

もう一度夜空を見上げて、こんな日々がいつまでも続けばいいのにと想った。



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